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勉強。

2011-03-31 Thu 11:13
 高校受験、大学受験。
 受験というものは、学生にとってとても大きな節目だと思います。

 私は中学受験は経験しなかった身ですので、それについては割愛で。


 今、あと一年弱で大学受験を向かえるという状況に居るわけですが、 
 幾つか考えたことが有ります。

先生曰く、
「誰でもがり勉すればどんな大学も合格できる」と。

   ※注)がり勉(我利勉)とは、他のことに目を向けず勉強だけすることを言う。


 どんな、って部分はどこまで信用していいのかは知りませんが、
 実際事実だと思ってます。

 だって何をすれば良いのかは皆分かっているんだから、
 後はどれだけ努力するかに懸かってる。


 凡人は天才には成れない。努力で成れるのは秀才まで。

 この言葉も私がよく使う言葉ですが、天より授かった才には勝てないかもしれない。
 (能力の良し悪しは置いておいて。あくまで比較として「天才」を起用。)
 けれど、秀才には成れるのだから。

 文字通り秀でた才能。
 なら受験だなんて限られた知識を[ため]す壁はパスできるはず。

 
 だから、
 がり勉すれば、努力したわけで、試験は合格できる。

 
 さて、じゃあなんで試験に合格したいのかって話ですが。
 大学に入りたいからです。
 なんで入りたいかって、良い就職先に就きたいからです。

 大学生活という過程も大切かもしれませんがね、
 最終目標としてはやっぱり社会に出た後のコトがあると思う。

 
 私も就きたい職業があります。それはこの先、生きるためでも有りますね。
 就くには、大学課程が必要です。

 だから、合格したい。

 
 結構必死な筈です。
 この願いは成就させてみせると意気込んでいたりもします。


 じゃあ当然の帰結として、そんなに受かりたいんならがり勉でもなんでもして成功率を100%(100%に限りなく近く)にすれば良いじゃないか、……となるんです。なるはずなんですが、

 私は、
 活きないで得る結果に価値はあるのか、意味はあるのか……と問う。


 大学合格は極端な話、生きる為です。
 社会の一員と成るために学び、その過程で得たもので就職し、稼ぎ、生きる。

 とても重要な案件でしょう。


 でも、生きるために一瞬でも「活きること」を放棄したくないんです。
 ここで言う活きるっていうのは、生活を楽しむこと、とでも解釈して頂ければ問題ないと思います。
 このブログでも何度か取り上げたこともあったかな。

 例えば、
 私はアニメが好きです。漫画も好きです。物語が好きです。
 これ等を識る(観る、読む、知る)ことを止めるつもりはありません。

 この先の一年間でさえ。
 ……まぁ、自重はすると思いますけどね。
 でもだからって完全に絶つか、絶てるかと訊かれれば答えはNoです。


 絶対に合格したいと思っているのに、
 その合格の為の時間を別のことに使うことは止めないと宣言している。

 中々酷い矛盾ですかね。
 勉強を楽しむとかそういう話以前の問題なんですが。

 今まで依存してきた娯楽を捨てられないんですね。


 
 こんな考えは、甘いんでしょうか?




 一つ、まだ「落ちたこと」がないのも問題かもしれない。意識下で。

 高校受験のときは私立で相当良いところに受かってしまったんで、公立受けずにそこにしたんですよね。
 受けた高校は2校だけ。
 だから、私はまだ落ちるっていう経験をしていません。

 経験とは知識です。

 だから、無知な子供なんです私は。
 故に、危機感が圧倒的に足りてないんですかね。

 落ちたときの感情を持ち得ていないんです。


 同じ経験から、もう一つ理由の仮説を。
 がり勉をすれば合格できるって言いますけど、
 じゃあ大学入ってからもがり勉し続けられるの? っていう話。

 まぁまず無理でしょうね。
 一年ならまだしもそれを何年も続けるだなんてきっと死にます。
 比喩かもしれませんし、文字通りの可能性だって充分に有る。

 
 でも入ったら後は程ほどに頑張ればなんとかなるんじゃない? って意見もありそうですが、

 さっきも書いたとおり、
 私は「相当良い高校に入った」んですよね。

 ここで言う「良い」っていうのは、「偏差値が高い」とかの学力的な意味での話になります。
 だから知ってるんですよ、経験として。


 自分に不相応な場所に居たらどうなるのか、っていうのが。


 大分辛いですヨ?
 まぁ私は今なんとかなってるわけですが、

 高校受験で、「偶々」なんとか入れた実力より上の学力の学校に居る今、勉強は大変です。

 でも、それは偶々だとしても、問題の相性の問題があったとしても、
 「なんとか」届く程度の話です。
 中学時代がり勉したとかそんな事実は有りません。

 因みに、今の学校での立ち位置(成績的な意味で)を考えると偶々っていうのは真実だと思います。
 高校入って堕落しすぎたとかそういう可能性もなくなはいけど。


 じゃあ、がり勉して入った不相応な学校でどうなる?
 →潰れる。

 簡単な構図ですね。
 
 まぁつまり、
 結局何が言いたいかと言うと、

 活きるのをやめてまで生きたくない、ってコトです。



閑話休題。



 春休みです。塾では春期講習とかもありました。
 色々意識改変されましたねー。一先ず頑張っていけそうです。

 アトやっぱりAO入試は目指す。
 可能性が有るのなら、それを目指さない手は無いでしょう。

 そこで合格できれば狂喜乱舞ものです(`・ω・´)
 多分狂ったテンションの記事が投下されるに違いない。


 まぁ兎に角、記事更新の度に宣言することで意識を保っているんですという言い訳にて。
 勉強頑張っていきますよ!

 では。
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